意匠権と権利行使
権利行使の第一段階=警告
知財の世界における権利行使は、一般に「警告」→「交渉」→「訴訟」という流れになります。交渉をすっ飛ばしていきなり提訴というパターンを経験したことがありますが(被告側として)、原告側のリサーチ不足、戦略ミスもあって一審、二審とも当方側の勝訴となりました。
知財に関する訴訟件数はその出願数や登録数に比べるとそれほど多くはないのですが、警告は、自身の経験や周囲の弁理士、弁護士等の話を聞く限りではかなり多く行われているように感じます。
警告では概ね次のような内容の文書を相手方に送ります。「弊社は権利Aを所有しています。弊社の調べによると、貴社の製品イは権利Aに係る特許発明(登録意匠、登録商標)と酷似していると思われます。・・・つきましては、本状の送達後2週間以内に貴社の対応についてご回答ください。」
警告だけでも模倣品対策の効果がある
過去の経験から言えることは、警告は割と効果的な権利行使だということです。ほぼ確実に回答が得られるため、少なくとも相手方の姿勢を伺うことはできます。また、相手方の販売開始時期や販売個数、販売場所などの情報が得られることもあります。これらの情報に基づいて今後の対策を練ることができるため、無謀な争いに発展することもなくなります。
警告した側された側の両方を経験した者として、解決策として最も多かったパターンは、「以後、新たに製造しないことを約束する。在庫に限り販売の継続を認める。」という条件付き販売中止です。他に細かい条件が付くこともありますが、このパターンが係争の落とし所としては一番しっくりくるように思います。
完全勝利ではなくても、ビジネスの場で有利なポジションを占めることができるるのであれば、まずは満足すべき結果ということになるのではないでしょうか。
特許より意匠の方が警告の効果が出やすい
さて、侵害者に対して警告する場合、意匠権よりも特許権の方が効果がありそうにも思えます。しかし、警告という段階に限って考えれば、意匠権の方が効果的だと思います。
というのは、前回の記事『意匠権を賢く使いましょう』にも書きましたが、特許は文章(特許請求の範囲)で権利が特定されているのに対し、意匠は図面で特定されるので、相手方の理解を得やすいのです。これが訴訟の場であれば、専門の裁判官が特許請求の範囲の難解な文章をじっくりと解析してくれますが、警告の場合、法律に詳しくない事業者にそこまでの期待できません。
文章ではなく図面であれば、まさに一目瞭然。似ている似ていないの判断は誰にでもできます。従って、警告の効果も期待できるし、その後の交渉もやりやすくなります。
訴訟は一大事。その得失をよくよく考えるべき。
警告を経て訴訟の場に移行すると、意匠といえどもさすがに似ている似ていないのレベルでの判断はされないので、意匠権の効力は特許権ほどではないかなと思うこともありますが、そもそもそんなに訴訟を提起する機会ってありますかね?
訴訟は、準備、追加の証拠集め、反訴への対応などやるべきことがたくさんあるため、法務部や知財部のない中小企業や個人事業主は人的な面でも費用的な面でも訴訟を維持していくのは困難だと思います。
それからあまり触れられないことですが、知財が絡む訴訟には一つ大きな問題があります。それは、特に中小企業等の場合、一つの製品に一つの特許権、または一つの意匠権しか保有していない場合がほとんどです。そうすると、相手方から無効審判を請求されたり無効の抗弁をされたりした場合(かなりの確率で仕掛けてきます)、虎の子のように大切な特許権や意匠権が消滅してしまうか、もしくは価値がゼロになってしまいます。大企業のように一つの製品に多数の権利を保有していればこのような心配は多少は緩和されますが、いずれにしても知財訴訟はよくよく考えた方がよいでしょう。
結局のところ、訴訟を起こす起こさないの判断は出願段階で既に視野に入れておくべき戦略ということだと考えます。「自分のテリトリーが犯されたらここまでは争うが、これ以上は対応困難。」という見通しを立て、そこから逆算するように必要な手立てを講じておく、といったビジネスの世界では当たり前のことを知財でも行うべきなのです。