少し前のことになりますが、『青空文庫』 (Click!) で知財に関するものはないのかなーとあれこれ探していたところ、その名もズバリ『特許多腕人間方式』なる作品を発見しました。
作者は海野十三(うんのじゅうざ)。恥ずかしながら初めて聞く名前です。

『特許多腕人間方式』は、弁理士が特許事務所に出勤するシーンから話が始まります。
その後の展開はよくあるパターンというか、弁理士のもとを発明家が訪れ、特許出願し、特許権を企業が購入し、発明家は大喜びといった典型的なストーリーが展開されます。
しかしこの小説の凄いところは、「守秘義務」「産業上利用性」「発明該当性」「特許請求の範囲」「拒絶理由通知」「意見書」といった具合に極めて実務的な要素が盛り込まれていて、しかもその内容が正確で、それでいて決して肩苦しくなることなく、適度なユーモアを交えながらストーリーが展開されているところです。

「特許請求の範囲」が出てきたあたりで、その先のストーリーも気になりつつ、それより海野十三氏とは何者だろうという疑問の方が強かったので、ググってみました。
「日本SF小説の父」という紹介にも少なからず驚いたのですが、「弁理士」という肩書きに驚きつつも、やっぱりね、という感想です。

『特許多腕人間方式』は短編ですので、読書の習慣がある方であれば小一時間もあれば読破できると思います。
特に、着手金としていただいた百円紙幣と語りながら「特許請求の範囲」を作成するシーンや、「拒絶理由通知」で審査官が挙証したとんでもない引例に対して斬新でありながら合理的な「意見書」を提出するシーンなど、一読者としてよりも同業者として楽しませていただきました。

海野十三氏の『特許多腕人間方式』は、弁理士というのがどのような職業なのかを紹介するにはもってこいの題材だと思います。日本弁理士会は弁理士の知名度向上を企図していますので、この作品を漫画化したり動画化したりしてみるのも面白いかもしれません。
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今年も演奏会の時期が近づいてきました。
私が所属するアマチュアオーケストラの定期演奏会です。
今年の演目はベートーヴェンの交響曲第7番とショスタコーヴィチの交響曲第5番。
両曲とも通常の演奏会のメインプログラム(休憩後の後半に演奏される演目)となるような大曲です。

「ベートーヴェンの交響曲第7番」という曲名はそのままでは長いので、クラシック愛好家の間では「ベトしち」と略称されることが多いようです。
同じく「ショスタコーヴィチの交響曲第5番」は「ショスタご」あるいはもっと短く「タコご」などと呼ばれています。この曲には『革命』なる愛称?もあるにはあるのですが、出典が不明であり政治体制も当時とは大幅に変化した現在ではあまり使われなくなっているようです。

先ほど「通常の演奏会」と書きましたが、クラシックの演奏会における一般的なプログラミングは、最初にオペラの序曲や前奏曲などで華々しく開幕し、次にピアノやヴァイオリンなどのソリストを交えた協奏曲で名人芸に酔い、休憩を挟んだ後半には交響曲のような大曲で大団円を迎えるといった感じになります。このような形式は指揮者でもあったメンデルスゾーンが最初に採用したと言われていますが、確かに演奏する側にも聴衆の側にも理想的なものになっていると思います。

今回は前半に「ベトしち」を演奏します。舞曲のリズムを基調とした爽快な楽曲なので、40分弱の長さをあまり感じることなくリラックスして楽しんでいただけると思います。
後半の「タコご」は約50分弱の大曲です。途中で居眠りして目覚めたときにもまだ曲が続いています(笑)。ショスタコーヴィチの交響曲(ベートーヴェンよりも多い全15曲)の中では比較的親しみやすいとは言われていますが、初めて聴かれる方には少々しんどいかも知れません。早い部分と遅い部分の差が極端だし強弱の差も激しいので、聴き疲れもあるかも知れませんが、大音量の威圧感とゆったりとした部分の静謐さの対比を楽しんでいただけたらと思います。

演奏会まで残り1ヶ月と少々。まだ音程やリズムが不安定な箇所があるので、確実にネガを潰しながら完成度を高めていきたいと思います。
タイトルに???の方もいらっしゃるかも知れませんが、ベルギーのヴァイオリニスト兼作曲家のEugène-Auguste Ysaÿeのことです。
今年はイザイ生誕160周年に当たります。
福岡県の北九州市にはイザイの音楽の普及を目的とする「日本イザイ協会」の本部がおかれています。 (Click!) 

先日、日本イザイ協会が主催するコンサートがFFGホールで開催されました。
イザイ本人の作品とイザイに所縁のある作品のみで構成されたプログラムには日本イザイ協会の使命感とこの演奏会にかける意気込みが強く感じられます。
また演奏家の豪華さにも目を見張るものがあります。
ここに出演されている方々はソロリサイタルでもホールを満席にできるほどの実力派であり、知名度も抜群です。
演奏会はどちらかといえば弱音が支配する雰囲気でしたが、名手達が奏でるイザイ作品の移ろいゆく和声、馥郁たる香りにホールの隅々まで満たされていくような不思議な感覚に包まれました。

演奏会の帰り途にいつもの串焼き屋で一杯。
どれほど素晴らしい音楽でもお腹までは満たせません(笑)
芸術と味覚、いよいよ本格的な秋の到来ですね!
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商標『鎮西八郎』(第33類)が登録になったようです。
以前、商標調査をしているとき何気なく「鎮西八郎」を検索してみたところ、商標登録出願中であることを発見したのでその後の経過が気になっていました。
というのは、商標法第4条第1項第7号の運用によれば、「歴史上の人物名(略称・異名・芸名等も含まれる)」の商標登録は難しいとされているからです。

以下、商標審査便覧の該当個所をそのまま引用します。
 『歴史上の人物名からなる商標登録出願の審査においては、商標の構成自体がそうでなくとも、商標の使用や登録が社会公共の利益に反し、又は社会の一般的道徳観念に反するような場合も商標法第4条第1項第7号に該当し得ることに特に留意するものとし、次に係る事情を総合的に勘案して同号に該当するか否かを判断することとする。
(1)当該歴史上の人物の周知・著名性
(2)当該歴史上の人物名に対する国民又は地域住民の認識
(3)当該歴史上の人物名の利用状況
(4)当該歴史上の人物名の利用状況と指定商品・役務との関係
(5)出願の経緯・目的・理由
(6)当該歴史上の人物と出願人との関係』

歴史上の人物名が原則として商標登録に馴染まない理由としては次の2つのポイントがあると考えられます。
①周知・著名な歴史上の人物名は、その人物の名声により強い顧客吸引力を有する。
②その人物の郷土やゆかりの地においては、住民に郷土の偉人として敬愛の情をもって親しまれ、その商標登録に対しては、国民又は地域住民全体の反発も否定できない。

実際に「吉田松陰」「江藤新平」「大隈重信」などの商標登録をめぐっては出願人と故人の関係者の間で一悶着があったように記憶しています。

商標『鎮西八郎』の審査経過をみる限りでは、商標法第4条第1項第7号が適用されることもなく、比較的スムーズに登録に至ったようです。
『鎮西八郎』は歴史上の人物(源為朝)の異名としてそれなりの知名度はあるように思いますが、周知・著名かと言われれば、、、ちょっと苦しいですね。
また平安末期の武将であり、京都で生まれ、九州で暴れ、京都で平清盛に敗れ、伊豆で自害(日本史上最初の切腹らしい)したというのではどこがご当地なのか判断が難しいところです。
ということで特許庁的には、現時点においては『鎮西八郎』には顧客吸引力はなく、また郷土も特定できず、敬愛の情をもって親しまれているという実情もない、という判断を下したのではないでしょうか?
妥当な判断だとは思いますが、鎮西八郎ファンの私としては多少のもやもや感がありますね。。

ちなみに『鎮西八郎』と似た名前に『八幡太郎』(源義家のこと)があります。
ちょっと調べてみたところ、商標『八幡太郎』(第43類)として平成27年に商標登録されておりました。

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鎮西山山頂の説明板
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菊池容斎作の源為朝
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佐賀県で見かけた鎮西八郎のお墓とされる塚
種山石工ってご存知でしょうか?
「たねやまいしく」と読みます。

Wikipediaから引用しますと、江戸後期、熊本藩八代郡種山手永(現熊本県八代市東陽町)に居住していたとされる石工の技術者集団のことをそのように呼ぶそうです。
熊本県南部にある石橋の多くは彼らの施工によるもの。代表的な作品として、通潤橋、霊台橋、聖橋などがあります。また彼らは薩摩藩に招聘されて甲突川五石橋(こうつきがわごせっきょう)も施工しています。

雄壮な放水で名高い通潤橋は日本一の石造通水橋として殊に有名ですが、この通潤橋のモデルとなった雄亀滝橋(おけだけばし)はまさに知る人ぞ知る通水橋でしょう。
雄亀滝橋は種山石工の代表的人物である岩永三五郎の現存する最初の作品だと言われています。
なんと25歳のときの作品です!

この雄亀滝橋の出来映えに感銘を受けた庄屋の布田保之助は、岩永三五郎に「いつか自分の村にも通水橋を架けてくれ」と依頼したと言われています。この約束は、岩永三五郎の死後、彼の意志を継いだ種山石工達によって果たされることになります。

この約束の橋こそ、1857年(嘉永7年)に竣工した通潤橋です。
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修復作業中の雄亀滝橋
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雄亀滝橋に至る水路
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通潤橋の傍らには布田保之助が祀られていました
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先日、車で移動中に「下村湖人生家前」というバス停を見かけました。
近くに駐車場も用意されていたのでちょっとお邪魔してみましたが、あいにく改装中とのことで屋内の様子を拝見することはできませんでした。
高校生の頃に彼の著作『青年の思索のために』を新潮文庫で読んだことがあります。
当時、自由に遣うことができるお金といえば毎月の定額(低額?)のお小遣いしかありませんでしたので、文庫本や廉価盤(恋歌版のレコード盤のこと)は私にとっての救世主でした。

『青年の思索のために』は、薄く価格も手ごろだったし、なんとなく題名に惹かれて購入した本でした。
今回、著者の生家に遭遇する機会を得たので、いま一度読み返してみようと思い、「青空文庫」 (Click!) を覗いてみたところ、『青年の思索のために』が所蔵されておりました。
下村湖人氏は昭和30年(1955年)に亡くなっていますので、著作権が消滅してから10年以上が経過していることになります。
早速ダウンロードしてまずはパラパラとななめ読みしてみたところ、意外と覚えている内容も多く、なかでも「カーネギーと老職工の問答」や「法眼と玄則」などは、高校生の頃の感動を想い起しながら読み入ってしまいました。
一度とは言わず折にふれて読み返したくなる、そんな本です。




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私が所属しているオーケストラで今年の5月に演奏する曲目には、大好きなシューマンの作品が2曲も入っています。
交響曲第4番二短調(1851年改訂版)マンフレッド序曲
中プロとしてメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調。
何れもロマン派の精華ともいうべき素敵な楽曲です♪

シューマンの2曲は何れも彼の晩年(享年46歳なんです。。。)の作品で、シューマン独特の重厚な響き(悪く言えば厚ぼったい?)の中で切迫したリズムが展開され、仄暗いパッションと高揚感を醸し出しています。旋律も充分に魅力的なのですが、どことなく不安な雰囲気が漂い、美しさに浸りきることは許されない感じがつきまといます。

ところでシューマンの楽曲で誰もが知っている旋律というと、トロイメライぐらいしかないんじゃないでしょうか?
それだってオルゴールや電話の保留音として用いられている程度です。
同輩のショパンや後輩のラフマニノフなんかはそれこそ美メロの宝庫で、映画をはじめとする様々なメディアで頻繁に用いられているのですが、シューマン?何それ?美味しいの?って感じです(笑)
交響曲第4番の第1楽章なんてフィギュアスケートの伴奏としてかなり効果的なんじゃないかと思うのですが、いつか観てみたいものです。

掲載した写真にはベートーヴェンの交響曲第7番のパート譜も写っていますが、これは別のオーケストラで今年の12月に演奏する予定です。その他にショスタコーヴィッチの交響曲第5番も演奏します。
これは相当な重量級プログラムです。
演奏する方はもとより聴く方もかなりの体力(耐力?)を要求されますね。






クリスマスの夜も残り2時間を切りました。
この時期、ラジオを聞き流していると、様々なクリスマスソングが流れてきます。
魅力的なナンバーが沢山あるのですが、なかでも”O Holy Night”と ”The Christmas Song”は、思わず作業を止めて聴き入ってしまうくらい大好きな曲です。

”O Holy Night” (Click!) 
”The Christmas Song” (Click!) 

”O Holy Night”の作曲者は、アドルフ=シャルル・アダン。
ショパンやシューマンとほぼ同世代のフランスの作曲家です。
一般的な知名度はいまいちですが、バレエをお好きな方には『ジゼル』の作曲者として有名ですね。


あっ、これを忘れるところでした。。。
”O Little Town Of Bethlehem” (Click!) 

学生の頃、この時期になると、ボロ車のカーステレオでElvis Presleyのクリスマスアルバムをエンドレスで流していましたっけ。
クーラーがなくて夏場は地獄の様な車でしたが、今となってはいい思い出です。


上に挙げた3曲、どこかに共通点はないかなーとしばし考えていたら、ありましたよ。
どの曲も恋愛要素が全くないのです。
もちろん愛の視点はありますが、それはアガペー的なものであって決っして情念的なものではありません。
そのためかスローテンポでメロディーラインも穏やかな曲調なので、包み込まれるような安心感に浸ることができます。

それでは皆様、Merry Christmas⭐️ (Click!) 


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ふとしたことで人形劇「平家物語」を観て以来、すっかり平安ファン(正確に言うと平安後期か)です。
この時代に関する書籍やウェブサイトを渉猟していると、昔は源平合戦と教わったような記憶のある騒乱は、現在では「治承・寿永の乱」と呼ばれているようです。
治承も寿永も当時の元号です。これだけ見ると誰と誰の戦いだったのか全くわかりませんね。
ちなみに似たような名称に「承平天慶の乱」というのがあります。
こちらは有名な「平将門の乱」(純友さんも)のこと。
これも元号ですね。

源平合戦というと、なんだか平氏一族と源氏一族が赤組と白組に別れて戦ったというようなイメージが湧いてくるのですが(私も「平家物語」に触れるまではそんな感じでした。)、実はそんなに単純なことではないようです。
実際のところは、各地の豪族、土着の武士、寺社勢力などが入り乱れた全国的な騒乱です。とてもここに書き切れるものではなく、また私の知識では完全に力不足です。
誤解を恐れずに言えば、鎌倉を中心とする坂東平氏連合軍と、京から西に拠点を置く伊勢平氏(いわゆる平家)との戦いというようにひとまずは単純化してみると分かりやすいと思います。
有名な土肥実平、畠山重忠、梶原景時、三浦義澄、千葉常胤、上総広常、北条時政などは頼朝の幕僚として戦いに挑みましたが、何れも平氏の血筋です。

北条時政・・・そう、あの頼朝の妻、政子の実父です。
頼朝は平家を滅亡させ、その嫡流を根絶やしにしたけれど、その後は北条氏(平氏)に政権を奪われてしまい、頼朝の嫡流は根絶やしにされてしまいます。
まだまだ武士の勃興の時代、源氏の棟梁といえども盤石の体制を築くところまではいけなかったのでしょう。


・・・この後、たまには弁理士らしいところを披露しようかとストーリーを練っていたのですが、ちょっと序奏が長くなりすぎてしまいました。。。
続きは次回に!

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芸術の秋と言いたいところですが、このところ急に寒さが増してきたようです。
今年も私が所属するオーケストラの定期演奏会が開催されます。

例年は素敵なソリストをお迎えしてコンチェルトを演奏するのが定番のプログラムでしたが、今年は、なんと精華女子高等学校の吹奏楽部と共演することになりました♪
レスピーギの交響詩「ローマの松」とチャイコフスキーの大序曲「1812年」にバンダとして参加していただきます。

バンダ(banda)とは、本来の編成とは分離された別働隊として演奏する小規模のアンサンブルのことです。多くは舞台裏などで遠近感を出すために用いられたりするのですが、今回は、おそらくは2階の客席前方に金管楽器群がずらりと並ぶ壮観なものになると思います。

精華女子高等学校吹奏楽部の圧倒的な実力は、こちらでご確認ください!!
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