著作物の保護と利用について(その2)

投稿者: | 2020年3月1日

前回の続き。

>音楽教室において講師の先生が生徒に対して模範演奏を提示する行為は、著作権法第22条に規定する「公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として演奏する」行為に該当するのか?

この問題には次の2つの論点があります。
①先生や生徒が教室内で演奏することは、「公衆」に対して演奏することになるか?
②先生が模範を示すためにする演奏、生徒が技術の習得のためにする演奏は、「聞かせることを目的として」といえるか?

①について、学説や判例はほぼ確定しており、今回の地裁判決はそれに則った至極まっとうなものです。つまり、「たとえ教室という閉鎖的な空間に少人数の生徒しかいない場合であっても、受講契約を結べば誰でも教室でレッスンを受けられるというシステムである以上、教室内での演奏=公衆に対する演奏」となります。
公衆という言葉からイメージされる人数ってもっと多いのでは?という気もしますが、著作権法においては「特定かつ少数の者」以外は「公衆」であるというのが合理的解釈とされているので、少人数であってもそれが不特定の者(つまり、任意に受講契約を結んだ者)であれば公衆に該当することになってしまいます。

②について、原告の主張は斬新で、さすがは音楽家集団と唸らされました。つまり、「音楽の著作物の価値は、人に感動を与えるところにあり、法第22条は、聞く者に感動を与えるという音楽の芸術的価値に権利性を認めた点にある。」と前提した上で、「音楽教室での演奏は、(中略)、曲の一部分について繰り返し行われることがほとんどであって、音楽の芸術的価値を享受させるための演奏とは程遠いものである。」と主張しました。
これに対する裁判官の判断は、「外形的、客観的に他人に聞かせる意思があれば足りる」というにべもないもの。
でもこれも当然かなと思います。
私自身も一応はヴァイオリニストの端くれですので、自分が演奏する音楽は、単なる物理的原理に基づいて発生する音の連続ではなく、「思想又は感情を創作的に表現したもの」と思いたいのです。
ですが、「演奏」そのものは身体的運動の結果としての物理的行為ですので、そこに原告が主張する内面的意志のような意味合いを持たせることが許容される余地はありません。

次回に続く。